いつかあの頂へ

bufoの日記

ラストソング

 久しぶりに、日記を書く。
鳥越俊太郎『わが人生のラストソングを探して』という番組の録画を見終わったところである。


この録画は、永久保存版にしよう、
71歳、病を乗り越えて、なお先に進む鳥越さんの笑顔がなんともいい。

さて、わがラストソング・・・・

彼のように、ニューオーリンズジャズ、なんてしゃれたものはないこと言うまでもないが、
bufoこう見えても、音楽には人並みにご縁がある。

先月、施設慰問のハーモニカ演奏会では、番外で「鐘の鳴る丘」を吹いた。
結構、みんな一緒に歌ってくれた。
bufoの焼け跡ハモニカ少年のデヴュー曲だ。

『焼け跡ハモニカ少年』というのは、先日旅立たれた、小沢昭一さんの命名と記憶するが、
戦後、牡丹江から帰った父が、最初の給料で買って送ってくれたのが、
「宮田バンドハーモニカ」と『リンゴの唄』の楽譜だった。

 松葉杖の傷痍軍人が広小路あたりで売っているの見て、これを田舎に疎開している息子に、と
貰ったばかりの10円札をはたいて買ってくれた、その時の父の気持を聞いたことはないが、
おやじと息子の、忘れられない接点ではある。

 来週の慰問演奏独奏曲は、「リンゴの唄」にしよう。