いつかあの頂へ

bufoの日記

冠松次郎著 剱岳

 ひさしぶりに名古屋へ出て、用を済ませた足で、栄の丸善による。
4階催事場をのぞくと古書展というか、古本市をやっている。
この地方の地誌、市町村誌など、なかなかの品揃えである。
山岳書のコーナーで足が止まる。
 できればみんな買いたいような本ばかりだが、そうはいかない。



 第一候補は、足立源一郎著「山に描く」である。


 むかしの愛読書に、加藤泰三著『霧の山稜』という本があったが、それと似た雰囲気の内容、装丁である。
もとは昭和14年発行の大変な代物だが、手に取ったのは例の復刻本「日本山岳会編、大修館発行 日本の山岳名著」の一冊である。


 むかしむかし夏山縦走の半ばに、双六小屋にさしかかると、部屋の窓を開け放してむこう向きにキャンバスに筆を振るっている男がいる。
しばらくその後姿を見ていると、通りかかった若い衆が「足立先生です」と教えてくれた。

「ほう、あの人が。足立源一郎さんの絵は大好きです」というと、「ご紹介しましょうか」といってくれる。
急な申し出にまごついたのと、画家の一心に絵筆を振るう様子に、つい辞退して立ち去ったのだが、あとで、せっかくの親切を受ければよかったのに、と後悔した。

と、そんな大昔のことを思い出させてくれる本である。



 第二候補は、冠松次郎著「剱岳

 箱は相当汚れている。
本体もハトロン紙で丁寧にカバーされているが、布装が一部はがれている。
だがこちらはれっきとした初版本である。
昭和4年、第一書房刊、定価弐円五十銭。


昭和2年夏、長次郎、金作らとともに剱の大瀑(ツルギノオホタキ)の滝壺に立つ描写に、お買い上げを決心。


 第三候補は、同じく冠松次郎著「黒部川

 2冊組の大著、2重の箱から取り出してパラパラとのぞくと、本流はもちろん支流の細部まで実に詳しい記述に、これまで2、3の代表的著書しか読んでいなかったせいもあり、びっくりする。


 山といえば剱しか知らない、川といえば黒部の入り口をのぞいた経験しかない私にも、魅力いっぱいの両書だが、いかんせん結構なお値段だ。


とりあえず前の2冊を手に、ひとわたりほかの棚を見て戻ると、なんと「黒部川」がない。売れてしまったらしい。


 ちょっと名残惜しいが、「黒部川」は大修館の復刻版だ、またいつか出会う機会もあろうとあきらめて2冊を手にレジに並んだ。