いつかあの頂へ

bufoの日記

 『快楽登山のすすめ』 原 真著  東京新聞出版局

 ここ数日、同じ本を開いている。
  
 表紙は原さん自身の油絵、「崑崙の羊」と題されている。

献辞にこうある。


 「本書を、感謝をこめて、両親の霊前にささげる。
 彼らは、次男を山で失ったにもかかわらず、
 長男の私が山へ登りつづけることを黙認してくれた。」



 家業を継ぐため東京から帰っていた私をたづねて、
原さんがわざわざ拙宅においでいただいたことがあった。
同期の仲間で、八事の原家のお墓にお参りをした後だったろうか、
これといって取り立てて用があったわけでもないのだが、
彼が帰った後母が「弟さんの仲間に会っておきたいと思われたんじゃないの」
と言っていたのを覚えている。

 弟の原 武君(通称 のら)と一緒に山に登っていたころ、原さんは北大生だった。
 ノラの遭難の捜索にも参加できなかったから、
原さんにお目にかかったのはこのとき限りである。

 木工機の騒音がうるさい事務所でお話した1時間に満たない短い記憶の中の原さんと、これも長い歳月とはいえないけれど、部室でいっしょに過ごしたノラの思い出が、時に交錯し、時に並び立って、ページをめくる手をしばし止める。


 最終章で、原さんの筆は交流のあった内外の登山家の死に及び、これも親しかった深田久弥が訳したデュプラの詩を引用して、こう記している。



   もしかある日・・・・


 もしかある日、おれが山で死んだら
 古い山友達のお前にだ
 この書置きを残すのは
 ・・・・
 親父にいってくれ、おれは男だったと
 弟に言ってくれ、さあお前にバトンを渡すぞと
 ・・・・・・・


「生きている者の中で、永遠の悲しみを持ち続ける感性のある、一握りの人々だけが、デュプラの詩にただようロマンを本当に味わうことができると私は信じる。
山に逝った者たちの霊よ、安らかに眠れ。
また逢う日まで

      1997年3月1日 わが父の命日に」








 原さんの弟、のらこと、原武は、鹿島槍ヶ岳北壁を登攀中、主稜線から崩落したトヨペット大の雪のブロックが巻き起こしたなだれに飛ばされて落下した。
 全身を強打して行動の自由を奪われ、雪中に夜を迎えての凍死であった。


 昭和36年4月8日 
 行年22歳



 大町病院で、名古屋からご両親とともに駆けつけた、名大医学部宮川教授、山岳部先輩でもある星野博士(ドット先輩)の執刀、前山岳部リーダー磯村(いそ兄さん)医学生の記載で解剖された。
 父原多喜万氏、兄真氏が立ち会った。


 星野先輩は、後に出版された、遺稿集『北壁』に寄せた「原武君の死についての考察」を、こう結んでいる。


 「後記・・原君の遺体解剖は、日本山岳遭難史上恐らく初めての事であり、特筆されるべきことであると共に、剖検を決意された御父君原多喜万博士の、「死して尚医学に献しうることは、医学徒である本人も、恐らく満足と思うであろう」とのお言葉は、同学の後輩として、終生忘れ得ない感銘であった。あふれくる涙をどうすることも出来なかった私は、そのお言葉に励まされつつ、やっとの思いで、メスをとり上げる事が出来た。
 武君、もって冥せよ!」


 星野先輩もこの後数年を経ずして亡くなった。
病理学の研究に生涯を捧げた若すぎる死であった。



 山岳部へ入って、終日部室で暮らすようになってしばらくして、ノラの家を訪ねたことがある。
彼の部屋へ入った私は文字どうり仰天した。
 戸口と窓を除いてすべて書棚、びっしりの本・・・
世界文学全集、日本現代文学全集、古典文学全集・・・・・
山の本、写真集、原書・・・・・・・・
 人並みに本好きを自負していた私も、まったく口あんぐり・・・・
 これがついこの間まで高校生だったやつのの勉強部屋?!
そんなわたしを、のらは笑って見ていた。

 
 彼はまた、写真の腕も玄人はだしであった。
のらの愛機はパールⅡ型、私はセミパール。
同じ小西六の名機であるが、出来上がる写真は月とすっぽん、
構図のピシッと決まった、鑑賞に堪える作品になっていた。

 以下、火事場から持ち出したアルバムをスキャンした彼の写真をご覧ください。
 



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 いずれも、南アルプス縦走中のスナップ。


この下山の途次、東大山岳部リーダーからの伝言メモを受け取る。
「原さんへ、塩見岳で近藤君が肺炎のため死亡しました」
その東大生近藤武春君は、ノラの高校山岳部の仲間、彼の無二の親友であった。
小赤石尾根で彼のパーティーと合流したわれわれは、彼の傷心を慰めるすべがなかった。



 



 「山に逝った者たちの霊よ、安らかに眠れ。
 また逢う日まで・・・・」


 のらよ、兄貴に会えたかい。
 磯弟もそっちへ行ったよ。



 もう48年になるんだなぁ。


 




 原 真さんの事跡、お人柄をしのぶ素晴らしい文章にであいました。
謹んでご紹介します。
下記URLをお尋ねになってください。

http://masaok15.exblog.jp/9573682/
http://www.chunichi.co.jp/article/column/desk/CK2009041802000049.html





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これは私の写真です。

小赤石尾根の朝、赤石岳アタック前、
のらのパーティーと逢う前日です。
初めてカラーフィルムを使った、想い出深い1枚です。